私はいつもいろんなものを欲しがっていました。
「あのバッグが欲しい」
「素敵な家が欲しい」
「お金が欲しい」
もう、今まで欲しがってきたものを挙げれば軽くノート数十冊分はいきますね。
そしてこれまで、よっぽどの高級なものでない限り、欲しかったものはそこそこ手に入れてきたと思います。
ただ…あるときから欲しいものを手に入れたときの感覚にほんの少し違和感を感じるようになりました。
なんというか、手に入れるたびに心の奥の方で「アレっ?」て思うんです。「なんか違う」と思うんです。
その手に入れたものが単にイメージしていたものと違うとか、そういうことじゃありません。
「これを手に入れたら、もっと嬉しい感情を味わえるハズだったのに…」と思うようになったのです。
例えば、あるバッグが猛烈に欲しくなったとします。
ある一定の期間「あ~欲しいなー。あのバッグが手に入ったら、あんな洋服やこんな洋服と合わせて、あんな場所にお出かけしたい」と考えます。
そして、ついにそのバッグを、何かしらの手段で手に入れることができたとしましょう。
まず、「あ!手に入った!嬉しい!!あ~やっぱりカワイイな★」と思うのと同時に、「でもこの嬉しさは予想してたほどではないな」とも感じてしまうのです。
さらに、考えていた通り、合わせたいと思っていた洋服を合わせて、そのバッグとお出かけしたかった場所にでかけます。
そして「あー願望が現実になって嬉しい。新しいバッグと出かけると気分もいいし楽しい!」と思うわけですが、そのワクワクした感じは、期待していたほどのものではないのです。
「欲しくなる」→「手に入る」→「また何か欲しくなる」→「手に入る」ということを年齢とともに繰り返していくうちに、このような手に入れる前に抱く期待と、実際に手に入れた後に得る感情のギャップを強く自覚するようになりました。
つまり、そもそも私は本当にその「もの」自体が欲しいわけではないのです。
本質的には、そのものを得ることによって味わう満足感とか充実感とか、そういうポジティブな感情が欲しいのです。
そういう感情を味わえないのであれば、もはやどんなものを手に入れても意味がない。
さらに言うなら、そんな感情を常に抱けるのであれば、どんなものも別に欲しくはない。
それから私は、欲しいものを手に入れたときに感じる、あの何とも言えない「嬉しいけどガッカリする」気持ちは、自分で自分を本質的な意味で満たしてあげられていないことのサインなんだと気付きました。
「あなたの満たされ”なさ”度は、もはやモノやヒトでどうにかできるものではない」と、魂が知らせているんですね。
そのサインに気付いた私は、外界のモノではなく自分自身に目を向けて、自分で自分を満たすことに集中するようになりました。
そうすると、だんだんと特に何がなくても、ふと「満たされた気持ち」になれるようになりました。
それでも欲しいものはあるけどね(笑)。
なので、「自分っていつも欲しいものは手に入るけど、イマイチ幸せじゃない」とか、「欲しがることにもう疲れたよ」という方は、じゃあどんな「感情」を本来求めているのか、どういう気持ちになれれば自分を満たすことができるのか、今一度自分に問いかけてみてください★
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