無性に窮屈さや息苦しさを感じるとき、それは自分が、宇宙から「与えられる側」の立場でいる感覚になっていることが理由かも知れません。
本当はあなたは与える側であるはずなのに・・・。
「あなたは与える側である」という点については後半でお話するとして、先に「与えられる側の立場でいる感覚になっている」とはどういうことかを書いていきますね。
私たちには欲しいものがたくさんあります。
お金、何かしらの物質、良い人間関係、愛・・・。
でも、それらをいつも「自分は(宇宙から)受け取る側なんだ」という気持ちで居続けると、確かにそれらは手に入るかも知れませんが、満足感を得られるのはその時のみかせいぜい一定の期間くらいで、「持続性のある満たされた気持ち」というのは手に入りにくいと思います。
そして、そんな刹那的な満足感を得る瞬間が終わってから、また「宇宙から与えられるものを受け取る側の自分」として過ごしていると、だんだんとこの世界が窮屈なものになっていきます。
これは、努力せずにただ欲しいものが手に入るのを待っている人、についてのお話というわけではありません。
血の滲む努力をする人にしても、高い壁を自力で乗り越える人にしても、その結果として自分が何かを「得よう」としているのであれば当てはまるお話だと思います。
ここを頑張れば、ここを耐えれば、ここを克服できればきっと、「欲しいと思っている○○が自分の手に入る」と考えること自体、「与えられるものを受け取る側の自分」で居ることに含まれるのです。
つまり、どれほどぼーっと怠けていようと、目的のためにどれほど努力していようと、結果として「自分は欲しいものを宇宙から”受け取る側(与えられる側)”なのだ」と思っていると、この世界に息苦しさを感じてしまうよ、ということです。
この意味、伝わっているでしょうか・・・?(笑)
そしてここが今日一番言いたいことなのですが、この世界が不自由だなと感じたら、宇宙から与えられる側ではなく、一度、宇宙に与える側の自分になってみましょう。
別に、大金をどこかに寄付しようとか、ボランティアをしてみようとか、そういうことを言っているのではありません。
もちろん、それらをしたい方がそうするのはとても素晴らしいことですが、そういう行動以外にももっと簡単にできることがあります。
それは宇宙に向かって愛を送ること!
どうやってやるの?と言われても、これが本当のやり方だ!というのはないと思うのですが、私の場合は、気づいたときに上を向いて
「宇宙さーーーん、愛してるよ!どうかこの愛が、この世界のどこかの誰かに、その人にとって必要なものの形となって届きますように!」
と心の中で叫んでいます(笑)。
そして自分の内側から出る愛の光が、地球や宇宙に行き渡る光景をイメージします。
そうすると何だか開放された気分になるんですよね。新鮮な空気が自分の中に入ってくる気がする。
そんな気分になれるのは、宇宙に与える側になることで、自分の世界の創造者である自分自身の力が、ようやく発揮されるからです。
みんながみんな、それぞれの世界の創造者。
自分の世界を創ったのは自分自身であるのに、その自分が、世界から「与えられる側」であるはずがありません。
そういう意味で、私たちはみんな「与えられる側」ではなく、「与える側」なのです。
与えられる側ではないのに、そういうつもりで過ごしているからしんどくなるのです。
あなたが与える側であることを思い出せば、創造者としてのあなたの力が発揮される。
だからあなたが開放された気持ちになれる。
なので、思い当たる理由がないのに「不自由だな」「なんとなく窮屈だな」と感じたときは、その場で、心の中で、宇宙に、そしてみ〜んなに、愛を与えてみてください★
そうして、自分が宇宙に与える側であることを思い出してください。
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