あの人の言動に、どう「感じた」か?

よく「他人は自分の鏡」って言いますよね。
ある人といて、「この人のこういう部分がイヤだな」って思ったら、そういう部分は自分にもあるんだよ、という意味。

でもさ、いいじゃん。別にそれでも。

「そうか、自分にも同じ部分があるのか…じゃあしっかり反省して直していこう」、なんて真面目くさくなる必要もないと思います。
ただでさえイヤな気分になっているのに、そこからさらに自己嫌悪してどうする(笑)。

そうではなくて、他人の言動に対して、「自分がどんな気分になったか」ということ自体の方が大切なんじゃないかと思います。

不愉快に思うにせよ、良い気分になるにせよ、相手の言動に対して自分の心がどう反応したかで、自分自身の素直な部分がもっとわかってくると思うんです。

例えば他人が言った一言で嫌な気分になったら、そのとき、あの嫌な気分独特の”黒~い気持ちを感じる”だけじゃなくて、「私は今嫌な気分なんだ」と、”気分を認識する”方の自分にもなってみてください。

そうすると、まず1つ目のいいことがあります。

他人の言動によって不愉快になると同時に、そんな気分を認識する方の自分にもなると、「自分が言われてイヤなこと・されたらイヤなこと」が客観的にわかってきます。
「自分がしたくないこと」がよりわかることもあるでしょう。

それがどうして良いことなのかと言うと、自分がどういう事柄に対してネガティブな気持ちになるのかを理解することは、ワクワクする楽しい人生を送るために役立つからです。

だって、ワクワクする楽しい人生を歩みたいなら、自分が何にイヤな気分を抱くのかを知っておかないと、それらを避けることができませんからね!

さらにもう少し冷静になれると、じゃあ自分は他人にどうされたいのかということも理解できるようになります。
「自分は他人に尊重されたい・大事にされたい」「もっと甘やかしてほしい」などなど…。

で、この時点で2つ目のいいことがあります。
奥の方に隠れていた、自分の自分自身に対する素直な気持ちが見えてくるのです。

というのも、まあ必ずとは言い切れませんが、たいてい「他人にどうされたいのか」というのは、「自分が自分にどうされたいのか」ということに置き換えられます。

先ほどの例だと、
「自分は自分にもっと尊重されたい・大事にされたい」
「自分は自分をもっと甘やかしてほしい」という風に。

ついつい私たちは、知らないうちに自分自身に厳しくなり、心の奥にある、このような率直な自分への声が聞こえなくなってしまいがちです。

でも、他人の言動でイヤな気分になったときこそ、自分の自分自身に対する素直なリクエストを理解する絶好のチャンス!

子供っぽいというか、そういう素直な想いを、理解して実行してあげることこそが、人を輝かせていくのだと私は思います。

例え今この瞬間にそのリクエストを実現させられなくても、「ああ、自分は自分にそうして欲しいんだな」と知ってあげること、はねのけずに受け入れてあげることが大きな一歩になると思います。

あ、そうそう。

もちろん他人の言動に対して、何か嬉しい気持ちになったときにも同じことが言えますね!

単に嬉しい気分になるのではなくて、ついでに「今私はとってもハッピーだ!」と喜んでいる自分を認識してあげる。
(嬉しいときは結構すぐに”認識”できると思います)

そうすると、「私はこういうことをされたり言われたりすると、ポジティブな気分になれるんだな」と理解できて、自分の好きなものやワクワクすることへのさらなる発見へとつながっていくのです。

他人の言動に対して自分が何を思うかで、自分自身を判断したり評価したりするのはもういいじゃないですか。
そうではなくて、その裏側に隠れている自分の素直な気持ちを観察する方が、きっと楽しいですよ♪

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