こんにちは! 今日は、「気分」についてのお話デス。
以前、私はこんなブログを書きました。
このブログで言いたかったのは、物質的に欲しいものが手に入っても、想定していた通りの「幸せな気持ち」や、「満足した気持ち」を感じられなければ、結局満たされないんだよねー、ということです。
ここでは、欲しい“モノ”を例に挙げていましたが、今日は“気分”に置き替えて考えてみたいと思います。
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「もっと心に余裕が欲しい…」
「もっと毎日ハッピーな気分で過ごしたい…」
「いちいち小さなことでクヨクヨする自分から卒業したい…」
人間、生きていればそんな風に思う瞬間って、結構ありますよね。毎分思っている方もいるかも知れません。
そんときにですね、よく言われることが、「考え方を変えなさい」とか、「捉え方を変えなさい」、ということです。
でもね、私は言いたい。考え方や捉え方って、そんなすぐに変えられるか!? そんな簡単にできることなのか!!??
少なくとも私にはできん。
もしできたとしてもさ、何かの拍子にその心掛けなんてあっさり抜け落ちて、結局またいつもの自分に戻っちゃうんだよね。で、残るのは、「あー、やっぱり自分は変われなかった。。。ちくしょう!」なんていう自責の念ばかり。
それくらい、考え方や捉え方を変えるのって難しいし、若干「修行」みたいな部分があるんだよね。
だからさ、もういい。考え方とか無理に変えなくていい。
そうじゃくて、もうそんなことは通り越しちゃって、その先にある、自分が得たい「気分」を、ひとっ飛びで自分に感じさせてあげましょうヨ。
どういうことか説明しますね。
例えば今日、会社の同僚にちょっと気に障る一言を言われてしまったとします。でも、それに深い意味がないことはあなたも分かっているし、その同僚に悪気があったワケでもありません。
けれど、あなたはこう感じてしまうのです。
「あーイライラする。モヤモヤする。」
同時に、こうも思います。
「あの一言に大意がないことは、自分でも分かってるじゃないか。なのに私はいちいち気にしてしまう。もういい加減、こういう思考回路から脱したい…。」
そんなとき、先ほどの、“得たい気分を自分に感じさせる”、という方法が、とても役に立ってくれます。
どうするかと言うと、まず、細かいこといちいち気にしない人、または、いつも幸せを感じられているような人が、自分と同じ状況に置かれたら、“今この瞬間をどんな気分で過ごしているか”、ということを想像します。
単にその気分を、頭の中で言葉を使って表現する(自分に言い聞かせる)のではありません。あくまでも、気分そのものを想像して、自分の中に沸き立たせてあげるのです。
そうすると、あなたはたぶん、心地よくて清々しい、軽やかな気分を味わうことができるでしょう。“得たい気分を自分に感じさせる”というのは、こういうことなのです。
少々気に障ることを言われても、自分はどんな気分でいたいのか、どんな気持ちでそのあとの時間を過ごしていきたいのか。それは、あなた自身がイチバンよく分かっていることです。
あとはその気分自体を、自家栽培(?)してやればいいのサ。
考え方を変えて、違う風に「考える」のではなくて、理屈抜きに、自分が欲しい「幸せな気分」を、すぐに「感じ」させてあげる。
この方法で、常に自分をハッピーにしてあげることができたら、目の前のことや現象をどう捉えるか、どう解釈して自分に飲み込ませるか、なんてことはもはや問題ではなくなります。
何があろうと、あなたが本来どんな悲観的主義者であろうと、いつも気分はルンルン・ワクワクです。
あ、ちなみにひとつ言っておくと、ネガティブな感情を押し殺そうとするのはダメよ。それはあなたをあなたらしい方向へ進ませるためのサインだから。
何かを「イヤだな」と思ったら、その感情をナデナデして、居場所はちゃんと残しておいてあげてね。
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